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フクアリガイド補足説明その1と臨海ノスタルジィ

どうも。アイマスPのブログなくせしてアイマス分がすさまじく薄いことにそろそろ定評がでてきたのではないかと思っているポペスクです。
ところで「世界では当たり前」の「世界」って具体的にどこなんでしょ?
ガーボベルデ辺り?
そんなこんなでまた関西に戻ってきました。


未だに後編は製作中ですが、前編についての補足説明を少し。
まずはフクアリ周辺の廃工場群についてです。
次は「蘇我」という地名の由来について語ってみようと思います。

動画の中で自分がかつてのフクアリ周辺は全てJFEの工場だったと
雪歩に説明していましたよね?
まだまだ稼動を停止した工場群が周辺に残されていますが、
2005年のフクアリオープン当初から2006年くらいまでと比べると
現在はだいぶ解体が進んでいます。
そして、製鉄所の、ひいては鉄の街としての蘇我の象徴であった溶鉱炉も
現在解体中です。
ガイド前編2:53過ぎの写真では手前の建物に遮られて良く見えませんが、
現在は正面からもバッチリ見えるようです。
そんな溶鉱炉についてniftyデイリーポータルZさよなら、第5溶鉱炉という記事で
紹介されています。

記事中にあるように、JFEスチール東日本製鉄所(旧川崎製鉄千葉製鉄所)は、
近代日本の製鉄史においても重要な位置を占めており、
かつては6つの溶鉱炉が稼動していました。
しかし、製鉄マン達が「鉄は国家なり」を合言葉に躍動していた高度成長期に誕生した溶鉱炉も、時代の変化や川崎製鉄と日本鋼管の合併による工場の整理縮小に伴い、
不要となっていきました。
第1~第4溶鉱炉はすでに解体済みで、現在も現役で稼動しているのは
第6溶鉱炉のみです。
そして、この第5溶鉱炉もついに解体される時がやってきました。

その2は土日にでも。ここから下は90年代末からのジェフサポがノスタルジィに
浸っている文章です。



同記事には現役時代の第5溶鉱炉の雄姿も載っています。
「ほんとに美しいのは稼働している姿なのに。」
「みんなの記憶にのこるのが「壊されている姿」だなんて悲しすぎる。」
という文章で、自分は少しだけ在りし日の臨海競技場を思い出しました。
臨海のメイン、バックスタンドは現在もかつてジェフ「市原」が試合をしていた頃の姿を保っています。
ですが、我慢の限界という意味で「臨界」とあだ名され、当時のJリーグチェアマンから「お金を払って観に来てもらうスタジアムではない」
とまで言われた臨海の一つの象徴であったゴール裏の仮設スタンドは解体され、
今は芝生席になっています。

解体前に「お別れ会」が開かれ、往年の名選手や若手だった頃の現役選手達の
横断幕が飾られて盛り上がりました。
でも、歩いたり跳びはねるたびにカンカンやかましい音を立てながら
プロサッカーチームのスタジアムとして使われていた臨海ゴール裏スタンドのことも
ちゃんと覚えていて欲しいし、フクアリオープン以降にジェフを知った人も
「こんな時代があったんだよ」
というのを少しだけでも知ってもらえたら嬉しい。

何だか自分も悔しくなってきたので、在りし日の臨海ゴール裏スタンドの写真を貼っておきます。


jeff2.jpg


しかもバックスタンドが1階しかなかった頃の写真。
横断幕が識別できればもっと詳しくわかるんだけど、選手のジャージから考えて
少なくとも2003年以前かと思われる。
当時は立って応援しているのはほとんど真ん中のブロックのみで、
こんな小さなスタンドさえ黄色一色に出来なかった。
臨海最終年の2005年も基本的にはこれと同じような感じだった。
そういえばフクアリのゴール裏も最初は1階席以外はあまり黄色くなかったっけ。
当時の自分に「今のジェフは約1万8千人収容の新しいスタジアムができて、アウェイエリア以外はほとんど黄色い」
と教えても簡単には信じてくれないと思う。
でも、まだ満足してない。少なくとも千葉市より南はすべてジェフイエローに染めたい。

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ポペスク

Author:ポペスク
W杯にも出場した元ルーマニア代表MF…ごめんなさいウソです。
ニコニコには比較的自由な動画を上げていると思います。

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